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山開き
山開き       7月1日山岳信仰による、登山の解禁日夏山登山の安全を祈願する日  山は神聖な場所現代はスポーツやレジャーとして登山をしますが、昔は信仰のために山に登りました。山には神霊が宿ると考えられていて、神仏を祀った霊山に入ることは、修行であり身を清める信仰行事であったのです。そして登山は、夏の一定期間を除いて禁止されていました。その登山期間の初日にあたる解禁日を、「山開き」と称しました。各山により山開きの日は一定していませんが、多くの山で旧暦6月1日になされ、現在は7月1日に行うところが多いようです。今では信仰色は薄れ、夏山シーズンの始まりを告げる祭典色が濃くなっています。 山岳信仰 日本の風土の根幹を形成する山岳は、古来人々から崇拝の対象とされてきました。天と地の間にある山は、神霊の住む所であり人間界と神霊界の境界であると考え、人は死ぬとその霊魂は肉体から離れて近くの山へ登り、年月を経るとケガレが清まって神になると信じました。そして様々な信仰形態・宗教活動が成立しました。修験道(しゅげんどう)は、日本古来の山岳信仰や自然観を基底とし、仏教・神道・道教・陰陽道の思想や理念を取り入れた、日本独特の山岳宗教です。 修験道山岳で苦行し、験徳(げんとく)を顕わすという修験道(しゅげんどう)は、平安時代に成立したといわれています。役小角(えんのおづぬ)が祖とされ、別名「山伏」(やまぶし)といわれる修験者は、山野をめぐり様々な修行をしました。また修験者は諸国の村々や城下町を回り、説経・加持祈祷(かじきとう)を行うと同時に、薬を施し治療行為などもしました。情報も医薬の普及も限られていた時代の人々に大変尊敬され有り難がられた存在でした。源義経主従が奥州に逃げ落ちる際に、山伏姿になって関所を通る話は、歌舞伎やドラマなどでよく知られています。 (注)役小角(えんのおづぬ/おづの/しょうかく)・役行者(えんのぎょうじゃ)奈良時代の山岳修行者で、修験道の開祖といわれています。大和国葛城(かつらぎ)に生まれ、吉野の金峰山(きんぷせん)で修行を重ね、大峰など六十余峰を開いたと伝えられています。 富士山の山開き古代から神聖な山とされてきた富士山は、毎年7月1日に山開きとなり、山梨県富士吉田市の浅間(せんげん)神社では「お山開き」(開山の神事)が行われます。神社では、登山者の安全祈願などがなされます。8月26日には、「お山仕舞い」(閉山の神事)が行われます。「お山仕舞い」では、富士登山の安全を感謝します。 富士講と富士塚 江戸時代、角行(かくぎょう)の出現により、富士山を信仰する講社、富士講が隆盛となりました。信徒は夏季に金剛杖を持った白装束で鈴を振り、六根清浄(ろっこんしょうじょう)を唱えながら登山します。富士塚とは、富士山を模して富士の溶岩を用いて築いた塚のことです。富士山が見える場所に築かれたものが多く、富士山の分身とされました。体の弱い人や経済的に恵まれない人でも、ここで模擬的な富士登山をすることで、本物の聖なる山から得られるものと同じご利益を得ることができるように、と造られたのです。 (注)角行(かくぎょう)富士講の元祖といわれています。天文十年(1541)肥前長崎に生まれ、常陸の水戸で金行という行者の弟子となり、永禄三年(1560)以来、富士の人穴を住まいとして周辺の湖水での水行や色々の体行で験を積みました。不眠の大行18,800日、断食行200日、富士登山128回、御中道33回、内八海外八海修行などを行ったと伝えられています。 
http://wa-no-kokoro.blog.so-net.ne.jp/2008-05-31-2

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