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連邦制分断の序曲?
出稼ぎ労働者への暴力で政治家逮捕される ムンバイ(インド)発のAP電によると、インド警察は21日、西部の都市ムンバイで出稼ぎ労働者に対する暴力を扇動し、市内で支持者が暴れ回ることを引き起こしたとして、強硬派の政党「マハラシュトラ再建党(MRP)」の創設者、ラージ・タッカライ容疑者を逮捕した。 ムンバイ警察のハッサン・ガフール本部長によれば、ムンバイ郊外で党活動家と会合していたタッカライ容疑者を警察が逮捕した。同容疑者は、地元住民に与えられるべき仕事を出稼ぎ労働者が奪っていると非難し、出稼ぎ労働者に対する暴力を繰り返し唱道していた。同本部長の話では、タッカライ容疑者は21日中に暴動と暴力扇動の罪で起訴される。同容疑者の支持者数十人が19日、仕事に応募しようとインド北部からムンバイに来た学生らを襲撃していた。21日の逮捕を受けて党活動家は、タクシー少なくとも35台を壊し、ムンバイの料金所に火を付けた。さらに、近くのプネ市でも党活動家がバス4台に火を付けた。今のところけが人の情報はない。 バラ・サマント警官によると、活動家約200人が拘束された。ムンバイ各地に大勢の警官が展開している。出所:ラヂオプレスラージ・タッカライといえば新聞やテレビで見る限りとても知的な顔つきの人である。実際に知的なのだと思うが、それでマハラシュトラ人のマハラシュトラ至上主義の理論的支柱になっている。いかに支持者がムンバイで暴れまわったとしても、直接的に暴動扇動を行なったというような容疑は簡単には立証できないだろう。ただ、暴れまわっている者にはタッカライの支持者が多いのは間違いないようだ。少し前には、ボリウッド映画の大スターであるアミターブ・バッチャンの自宅を襲撃している。理由は、ウッタル・プラデシュ州出身のバッチャンが、ボリウッドで稼いだ金を地元マハラシュトラに還元するのではなく、ウッタル・プラデシュ州に注ぎ込んでいるからだという。MNS(Maharashtra Navnirman Sena、Maharashtra Renaissance Part-MRP)というのはマハラシュトラ州の地域政党シブセナの系統の政党である。元々はタッカライ自身もシブセナに参加して政治活動を始めたのだが、シブセナの主導権が指導者バル・タッカライの息子ウダーブに引き継がれることが明確になったために独立し、2006年3月にMNSを創設した。

ヒンドゥー・ナショナリズムの台頭―軋むインド (ネットワークの社会科学シリーズ)作者: 小川 忠出版社/メーカー: NTT出版発売日: 2000/02メディア: 単行本(ソフトカバー)以前読んだ小川忠さんの著書の中に、シブセナについて以下の通り説明されている。インド人民党と同様にヒンドゥトバを主張しインド人民党より過激な行動で知られるのが、マハラシュトラ州の地域政党「シブセナ」である。マハラシュトラ州において同党はインド人民党とともに1999年10月まで州政府を握っていた。1966年に設立された同党は、マラティ語の州公用語化、反多国籍企業、反イスラムの好戦的な政治活動、実力行使を展開してきた。その過激さは、連立パートナーへの配慮から、現実穏健路線に傾きがちなインド人民党と、摩擦を生じさせている。(p.23)MNSの主張はもっと過激で、ウッタル・プラデシュやビハールといった北インドの貧困州からマハラシュトラ州に出稼ぎに来ている労働者のせいでマハラシュトラ人の雇用が阻害されていると主張して州民の支持を集め、前述のバッチャンへの攻撃や同州警察長官への攻撃を行なっているのである。

でもふと疑問に思う。元々シブセナはヒンドゥー原理主義、ヒンドゥー・ナショナリズムの政党である。それなのに、同じヒンドゥーベルトの北インド諸州の出身者を、たとえヒンドゥー教徒であっても排斥するという行動がなぜまかり通るのだろうか。そこがそもそもシブセナとMNSでちょっと違うところではないかと思える。つまり、MNSもヒンドゥー至上主義は唱えつつも、北インドのヒンドゥーとマハラシュトラのヒンドゥーを峻別して捉えているのではないか、或いはそうでなければ、ヒンドゥー至上主義ではなく、マハラシュトラ人至上主義なのではないかと。

特に後者の仮説に立つと、バンガロール、ハイデラバード、チェンナイ等の大都市を抱える南部諸州や、コルカタのある西ベンガル州が、政治の中心地デリーや大票田ウッタル・プラデシュ州を歯牙にもかけないというのと根が同じで説明がしやすいかもしれない。つまり、これらの大都市はデリーや北インドよりも海を隔てた東南アジアや中東諸国との経済関係の方が強く、それが経済発展の原動力となっている。ところが政治の中心は依然として北インド、特に国会(ロク・サバ)議席数が最も多いウッタル・プラデシュ州であり、経済の中心地で蓄積される富は、中央政府を通じて北インドに再分配されていくという構図になっている。このことに対する不満はかなりよく聞く。

タミル・ナドゥやカルナタカ、ケララ等の州民は北インドをスマートじゃないと馬鹿にしているそうだし、コルカタでもそうだ。内陸であるデリーとの関係強化を考えるよりも海を隔てた海外との交易を拡充していきたいとの意向の方が遥かに強い。外国企業誘致への取り組み方という点で、これらの州とマハラシュトラのMNSはちょっと姿勢が違うところはあるかもしれないが、州としての独立性を指向しているという点では共通しているところがあるようにも思える。

それに、最近は国政レベルでも地域政党の議席数が徐々に伸びているという傾向があり、国民会議もインド人民党(BJP)もどちらも単独過半数は取れなくなってきている。そればかりか、両党の合計議席数も総選挙の度に漸減しており、全国政党が受けなくなってきている。来春までには行なわれると言われている総選挙でどちらが第1党になるかはわからないが、どちらが与党になれるのかはどの政党と連立が組めるかにかかっており、そのキャスティング・ボードは地域政党が握っていると見られている。(もっとも、最も影響力を持ち得る地域政党というのもウッタル・プラデシュ州マヤワティ首相率いるBSPであるが。)

こうした動きを見ていると、インドがインドとしてのアイデンティティをどうやって維持していくのかという大きな疑問を抱いてしまう。昨年のクリケットW杯「Twenty 20」や映画『Chak De! India』のヒットの仕方を思い出すにつけ、その救いをスポーツに無理に求めているような気もする。
http://sanchai-documents.blog.so-net.ne.jp/2008-10-22

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