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佐藤優『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』を読んだ。
 今、TBSラジオのアクセスという番組に、佐藤優さんが出ている。
 佐藤優さんは、外務省員(現在休職中)である。最近、佐藤優さんの『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』という本を読んだので、ちょっと文章を書いてみたい。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫 さ 62-1)作者: 佐藤 優出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2007/10メディア: 文庫

 この本を読んだきっかけは、刑事弁護の専門家の大学のS先生が著書の中で「必読」として薦められていたことだ。
 S先生は、学生時代にはF先生に師事していらっしゃったらしい。実は、自分は学部時代に、同じくF先生と師弟関係にあるI先生のゼミに所属していたこともあり、この読書の動機の中には、「I先生と兄弟弟子の先生が薦めているのなら…」という気持ちもあった(ちなみに、S先生はI先生よりも数歳年上なので、学生時代に二人に面識がおありになったかは知らない)。

 佐藤さんは、鈴木宗男さんを刑事裁判に引きずり出すための「国策捜査」により逮捕された。被疑事実は、最初は背任罪、後に偽計業務妨害罪が追加された。
 背任罪というのは、「他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加え」る行為によって成立する罪だ(刑法247条)。この犯罪は、横領罪との区別が問題になる、理解が難しい犯罪だ。

 この区別につき判例は、
 本人の名義(法律効果が本人に帰属するということ)かつ本人の計算(経済的利益が本人に帰属するということ)で行われた場合のみが背任罪となり、
 行為者の名義または計算で行われた場合が横領罪となる、
とする。

 つまり、まず本人の利益となる行為は犯罪とならない。次に、行為者が自分の名義で行為を行ったときは、横領罪となる。また、本人の名義かつ、行為者の計算で行ったときも横領罪となる。背任罪となるのは、本人の名義かつ計算で行為した場合ということだ。

 この点につき、佐藤さんは著書の中で、「私が、誰かから特定の目的で、例えば、『これで薬を買ってくれ。どの薬を買うかはあなたに任せる』と言われて財布を預かったとする。私はその財布から薬を買っている限りは問題はない。私が自分の友だちのためにこの財布からカネを抜き出して本を買ってあげたとする。この場合、私がその本を手にするわけではないが、第三者の利益のために、お財布を預けてくれた人に損失を与える。このような場合が『背任』にあたる」としている。
 しかし、この場合は、行為者がお金をネコババしている。行為者が自分の名義で本を買っているので、実は背任罪ではなく、横領罪にあたる。

 このように、背任罪は理解の難しい犯罪である。
 さらに、上には事実が明確な言葉となって表されている場合の説明をしたが、実際の事件では、言葉が始めにあるわけではない。現実から、背任罪に当たる事実を引き出さなければならない。ところが、本人の名義かつ計算で行われるこの犯罪は、外見上は問題のないように見える場合が多い。ここに、もうひとつの難問がある。

 もっとも、外見上の区別が困難ということは、裏を返せば、犯罪をでっち上げるためにも、有用であるということだ。つまり、「国策捜査」に利用しやすいということになる。
 このことを、『国家の罠』を読んで、実感した。


 むろん、佐藤優さんの言葉は、事件の一方当事者のものにすぎないので、そのままの真実といえるかには疑問の余地がある。しかし、本を読んでいる最中は、著者の言葉を事実として読んでいく。

 佐藤さんは国士だ。国益を最優先して動く。その行動に何度も感動して、思わず涙を流しそうになった。
 自分の友人にも、何人か霞ヶ関で働いている友人がいる。『国家の罠』を読んで、この友人たちに対しても、非常に尊敬の念を抱くようになっている。
 もっとも、恐ろしいのは、個々人が尊敬に値する人間であっても、構造的に日本官僚が腐朽していれば、それが個々人の腐敗に繋がってしまうことだ。『国家の罠』を読むと、厚生労働省の職員が、勤務中にネットで遊んでいるというのは信じられない。これが事実だとすると、佐藤さんのような国士が国賊とされてしまうことが、非常に痛々しいことに感じられる。
・・・あっ、友達には、厚生労働省にいった奴もいるんだった(笑)
http://kazuki-tohko.blog.so-net.ne.jp/2008-10-22

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